
「宗五大草紙」という文献の説に拠れば、蒲鉾は、這種魚(水底を這う魚)を蒸したもので、もともとは鯰の肉を用いてつくったものであり、蒲の穂のような形にしたという。
「雍州府志」という文献の説に拠ると、先ず海鰻肉(鱧)を細かく打ちくだき、石臼(すり鉢のようなもの)で練り、再び上鹽(上等な塩)を加え、然る後、圓い竹の莖を中心にして手のひらで外の面に塗り焼きつけて出来上がる。それを蒲鉾と言った。我們がいうところの竹輪が(蒲鉾の)古い製法で、現在の杉板を用いたもの、これは近代的製品である。さらにつけ加えると、「運歩色葉集」(辞書)にある「蒲穂子」という名称が最初に現れたものである。最初の蒲穂子は今の焼竹輪に相当する。鯰の肉は純白美味なのに形が醜いが為に、磨碎して見栄えを良くした。後に這種魚の製法は、海の魚へと到った。





























今年のお中元は一体どんなイメージになるのか?震災直後からGW過ぎまで全く予想も想像も出来ませんでした。毎年、お得意様に出しているダイレクトメールも出して良いものかどうかの判断もギリギリまで色々と考えました。結果的にはお客様からの声もあり、例年と変わりなく河内屋お中元カタログをお届けさせて頂きましたが、今は変わりなく普通に出して良かったと思っています。と言うのも、6月に入ってから全国からのお中元の注文が、例年同様のイメージで来ているからです。やはり待っていて下さったのだ・・・と思うと本当に嬉しかったです。一連の自粛、自粛の連鎖もどんな終結の仕方をするのかという点も、最近の周囲の様子を見ていると、無理な自粛が経済に悪影響、被災地にも悪い影響が出るという考えに変わって来ている感があります。今回の震災は、直接的な被害に遭われた地域はもちろんですが、観光関係に携わっている地域、企業、人・・・全国的に影響がありました。河内屋も観光地での販売が多いので、観光客減は大きく響きました。いつも東北で被害に遭われた方たちに比べたら我々は大した事は無いと思いつつも一体いつまで続くのか?という不安は内心ありました。そういう意味でお中元商戦というのものが想像出来なかったのですが、そんな色々な思いも、全国から注文が入ってくると吹っ飛びますね(^^)。一方で、今回の震災をきっかけに家族の絆や親せきの絆、そして地域の絆などが見直されていて、日頃からのお付き合いというものが大事だと口にする方も多いです。そういう意味で、日本人独特のお中元やお歳暮の文化は非常に大切なんだと思います。普段会っていなくても、そして永年会っていなくても、年賀状、お中元、お歳暮などを贈り、気にしているよ!というメッセージを形にするという事は大事な事なんだと思います。河内屋の蒲鉾もそんな絆の橋渡しになる事が出来れば幸せだと思っています(^^)。



























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2011年12月14日(水)
絆