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2008年8月10日(日)
新たな気持ちで再開
[
徒然なるまま
]
2001年の6月から丸7年続けた「蒲鉾太郎の超気まぐれ雑記帳」...もともと実家の父に元気でやっている事を伝えるために始めたものでした。父も慣れない PCを一生懸命使いWEBを見ていたようです。蒲鉾ジュニアと蒲鉾娘の話題も孫の状況を伝えるメッセージでもありました。その父が以前より患っていた肺気 腫の状態が急に悪化したのが、2008年6月。心配で色々考えたり、雑記帳も書く気になれなくて、長く続けた「蒲鉾太郎の超気まぐれ雑記帳」でしたが休止 してしまいました。
その父も先月7月25日(金)22時23分に逝ってしまいました。直前まで話をしていたのに、最後は本当に何が起きたのか分りませんでした。病気の性質か らある程度は覚悟していましたが、その瞬間が今、目の前に来ているとは思いもしませんでした。最後だったらもっと話したい事があったのに...。長い間、病室 で介護をしてくれた母でもなく、弟でもなく、伯母でもなく、普段あまり会う事ができない僕がいる時に逝ってしまいました。母や弟たちに申し訳ないと思う気 持ちと、待っていてくれたんだという気持ちと複雑な気持ちでした。
それにしてもまだ67歳。若過ぎる。何故こんなに早く...と思う気持ちで一杯です。
生前に父から頼まれて、お寺から頂いた過去帳を整理していて、実家の累代の記録が分りました。父は11代目になるようです。途中に養子が入ったりしていま すが、累代の記録が分るという事は凄いですよね。記録を見ていて、その中の一人の名前を今回新しいWEBネームとして勝手にもらいました。蒲鉾太郎の WEBネームもだいぶ使って来ましたし卒業です。
新しいWEBネームは蒲鉾丹右衛門(かまぼこたんえもん)!過去帳によると3代目の名前なのですが気にいったのでこの名前にします。3代目つながりで42歳以降のWEBネームとしてはOKでしょ。
結局、父は自分が何代目かは知ることができませんでしたが、もしかするとあっちでは歓迎され知ったかもしれませんね。現在、弟が12代目になり、13代目の男の子(小学1年生)もいるので安心です。
僕も気持ちを切り替え新しいWEBネームでブログ再開しようと思います。
遅くなりましたが、この度の実父の葬儀に際しまして本当に多くの方から心遣いを頂きありがとうございました。全ての方に感謝の気持ちで一杯です。父の葬儀 を通じて改めてどんな人生を送って来たのか知ることも出来ました。父の親友であり僕の仲人でもあるSさん、そして父の日本ヴィクトリック社時代の友人の皆 さんなど多くの方に送って頂くことができて、父も幸せだったと思います。友人の方、そして親戚の皆さんに、入院中にお見舞いの申し出を頂きましたが、父が 元気になってから会いたい...という意向もあり、お断りをしてきたことに関しましては、この場をお借りしてお詫びを申し上げたいと思います。
また、父の通夜に富山からかけつけてくれた富山青年会議所時代の友人であるN君、A君、そしてM君夫妻。本当にありがとうございました。富山に行ってどんな生活をしているのか一番心配をしていた実父も、この姿を見て安心していると思います。
2004年に祖父、2006年に祖母、2008年に父...2年おきに6年間で大事な人が3人逝ってしまいました。本当に何で?という気持ちがまだあるのですが、この試練を乗り切りたいと思います。
残された者は元気で頑張るしかない。実父とはいつか必ずまた会える日が来ます。その時に自分の人生は最高でした!と報告できるようにポジティブに精一杯生きて行きたいと思います。
最後に色々心配をかけましたが、支えてくれた蒲鉾女将、蒲鉾ジュニア、蒲鉾娘、そして蒲鉾家の父と母に感謝します。また蒲鉾スタッフの皆さんに感謝をしています。ありがとうございました。
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新たな気持ちで再開
その父も先月7月25日(金)22時23分に逝ってしまいました。直前まで話をしていたのに、最後は本当に何が起きたのか分りませんでした。病気の性質か らある程度は覚悟していましたが、その瞬間が今、目の前に来ているとは思いもしませんでした。最後だったらもっと話したい事があったのに...。長い間、病室 で介護をしてくれた母でもなく、弟でもなく、伯母でもなく、普段あまり会う事ができない僕がいる時に逝ってしまいました。母や弟たちに申し訳ないと思う気 持ちと、待っていてくれたんだという気持ちと複雑な気持ちでした。
それにしてもまだ67歳。若過ぎる。何故こんなに早く...と思う気持ちで一杯です。
生前に父から頼まれて、お寺から頂いた過去帳を整理していて、実家の累代の記録が分りました。父は11代目になるようです。途中に養子が入ったりしていま すが、累代の記録が分るという事は凄いですよね。記録を見ていて、その中の一人の名前を今回新しいWEBネームとして勝手にもらいました。蒲鉾太郎の WEBネームもだいぶ使って来ましたし卒業です。
新しいWEBネームは蒲鉾丹右衛門(かまぼこたんえもん)!過去帳によると3代目の名前なのですが気にいったのでこの名前にします。3代目つながりで42歳以降のWEBネームとしてはOKでしょ。
結局、父は自分が何代目かは知ることができませんでしたが、もしかするとあっちでは歓迎され知ったかもしれませんね。現在、弟が12代目になり、13代目の男の子(小学1年生)もいるので安心です。
僕も気持ちを切り替え新しいWEBネームでブログ再開しようと思います。
遅くなりましたが、この度の実父の葬儀に際しまして本当に多くの方から心遣いを頂きありがとうございました。全ての方に感謝の気持ちで一杯です。父の葬儀 を通じて改めてどんな人生を送って来たのか知ることも出来ました。父の親友であり僕の仲人でもあるSさん、そして父の日本ヴィクトリック社時代の友人の皆 さんなど多くの方に送って頂くことができて、父も幸せだったと思います。友人の方、そして親戚の皆さんに、入院中にお見舞いの申し出を頂きましたが、父が 元気になってから会いたい...という意向もあり、お断りをしてきたことに関しましては、この場をお借りしてお詫びを申し上げたいと思います。
また、父の通夜に富山からかけつけてくれた富山青年会議所時代の友人であるN君、A君、そしてM君夫妻。本当にありがとうございました。富山に行ってどんな生活をしているのか一番心配をしていた実父も、この姿を見て安心していると思います。
2004年に祖父、2006年に祖母、2008年に父...2年おきに6年間で大事な人が3人逝ってしまいました。本当に何で?という気持ちがまだあるのですが、この試練を乗り切りたいと思います。
残された者は元気で頑張るしかない。実父とはいつか必ずまた会える日が来ます。その時に自分の人生は最高でした!と報告できるようにポジティブに精一杯生きて行きたいと思います。
最後に色々心配をかけましたが、支えてくれた蒲鉾女将、蒲鉾ジュニア、蒲鉾娘、そして蒲鉾家の父と母に感謝します。また蒲鉾スタッフの皆さんに感謝をしています。ありがとうございました。